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インタビュー|厚切りジェイソンさん 落ち込んだままでいるか前に進むか すべては自分が決めること

日本語の矛盾や日本人のおかしな習慣について、「Why Japanese people!?」とツッコむネタで人気者になった厚切りジェイソンさん。現在はIT企業の役員を務め、IT専門家としても活躍しています。ハイキャリアの背景や異国での暮らし、3人の娘さんに対する教育観など、たっぷり伺いました!

子どもの頃から論理的。「将来は弁護士に?」と思われたが・・・

―――ジェイソンさんは、アメリカのミシガン州のご出身です。どんな教育を受けて育ちましたか?

厚切りジェイソンさん(以下、ジェイソン) エンジニアの父、大学で税理士になるための勉強をしていた母、そして2歳年上の姉と、週に1、2回は教会に行くのが決まりで。両親からは、教会の教えを守るようにと育てられました。それ以外に教わったのは、お金は無駄遣いしないようにとか、その程度のことですね。何か問題に直面したら、「自分で考えなさい」と導いてくれるような環境でした。

―――ご両親は、自主性を重んじてくれたのですね。

ジェイソン そうです。僕は小学生のとき、父があまり使わなくなったパソコンを勝手に触り始めたんですけど、知識がないものだから、すぐに壊してしまって。でも、そのときに父は、「もう触っちゃダメ」と怒るのではなく、「壊した原因を考えて、どうすれば直るのかを自分で調べてみて」と提案してくれたんです。

―――それは寛大ですね。

ジェイソン はい。そんな風に自分で考える機会をたくさんくれたおかげで、僕は「自分のe-mailが欲しい」と思ったら、父に対して資料を作ってプレゼンテーションをするような子に育ちました。

―――親御さんに対して、資料を作ってプレゼンしたんですか?

ジェイソン そうです(笑)。インターネットが世に出始めた1997年の頃だから、僕が11歳ぐらいのときのことですね。当時は友だちとネットゲームをよくしていて、データを交換するときは、フロッピーディスクに入れて届け合っていたんです。でも、e-mailがあれば、データは送信するだけで済みます。なので、お父さんがわざわざ車を運転して、僕を友だちの家まで送らなくて済むんだよなどと、父が得する要素をリストアップしてプレゼンしました。欲しいものを手に入れるために説得して、自分の希を実現させていたんです。そんな感じだから、両親は僕のことを「弁護士になるだろう」と思っていたみたいです。実際は弁護士じゃなくて、日本で叫ぶ人になりましたけどね(笑)。

2回飛び級。計画的に行動 周囲とは違うなと思っていた

―――ジェイソンさんは、中学生のとき、最終学年を飛び級して高校に進学。そして、高校のときには大学の単位にもなる授業をたくさん取り、卒業後は飛び級して2年生に進学なさったとか。階段を上がるスピードが速いですね!

ジェイソン 自分としては、「こうしたいな」と思うことに対して、どうすればそれを実現できるかを分析して、集めたデータをもとに行動しているだけなんです。楽しそうだなと思うことを、計画的にやってみる。ただそれだけのこと。飛び級して以前からの友だちと学年が変わるから嫌とか、そういう気持ちは一切なかったですね。自分は人とは違うなというのは、学生の頃から感じていました。周囲への共感ではなく、データを集めて計画的に動く、僕はそういう人間なんです。自分の人生は自分のものだと強く思っているので、計画していることは、親にも相談しませんでした。あ、事後報告はしますけどね。
20歳で結婚すると両親に言ったときは、さすがに『早すぎるんじゃない?』と驚かれましたが(笑)。

右上:赤ちゃんの頃/右下:4~5歳の頃/中央上:ハロウィンにて。小学校の頃から、自宅にある父のお古のパソコンを触り、パソコンの知識と技術を身に付けた。そのため論理的な思考をもつようになり、「欲しいものがあると、プレゼン資料を作って父を説得していました。誤解があるかもしれないけれど、『どうすれば人を操作できるかな』という感じで(笑)」/中央下・左:飛び級して、高校1年生に進学した高校時代。「高校生になると学区のパソコンネットワークを管理するバイトを始めました。そのときちょっとふざけて、先生のパソコンが変な動きがする設定にして混乱させる事件を起こしたんです。バイトはクビになって、自分のアカウントは使えなくなり、卒業するまでパソコンは使用禁止に。でも大丈夫。裏道も作っておいたので、パソコンはこっそり使うことができました(笑)」

日本語とPCスキルをフル活用 24歳で日本法人の社長に

―――日本で暮らすようになったきっかけは何なのでしょう?

ジェイソン まず、昔から「出世したい」という気持ちが僕の根底にあって、じゃあどうすればいいかと考えた結果、「ほかの人とは違う優位性をもつ、唯一無二の存在になろう」という結論に至りました。そのうえで、大学に入ってから日本に注目するようになったんです。理由は、日本語を話せる人が周りにあまりいなかったし、日本は最先端の技術が生まれる国と認識していたので。日本語をしゃべれるようになり、そこに自分のパソコンの知識を組み合わせれば、自分ならではのキャリアを築けるはずだと。その初めの行動として、大学を1年休学して、日本の旭化成で、インターンとして音声認識の研究に取り組みました。

―――帰国後は大学に戻り、大学を卒業後は、新卒でGE Healthcareに入社なさったのですよね。

ジェイソン GEを就職先に選んだ理由は、次世代リーダーを育てるプログラムがあったからです。働きながら大学院で修士号を取る勉強ができて、様々な部署で経験を積めました。それと並行して日本語の勉強も続けて、GEにいた3年の間に日本語検定1級を取ったんですよ。このときは一番努力した期間。あれは賢明な判断でした! なぜなら、あの経験があってこそ、今の自分のキャリアがあるからです。

―――GE Healthcareのあとは、どのような道のりを?

ジェイソン 最先端のクラウドコンピューティング技術をもっているアメリカのIT企業が、日本法人を設立すると聞いたので、それへの参加を決めました。自分が計画していた通り、日本語とパソコンスキルという組み合わせをフル活用すれば、それが出世コースの一番の近道と考えたんです。それで、24歳で日本法人の社長になることができました。

―――目標を定めて次々と達成なさっています。途中で思いが揺れたり挫けることはないのですか?

ジェイソン 揺れることはないです。ちょっと違うなと思うことがあっても、それは次に何かをするときの判断材料、つまりデータになるだけのこと。日本に来てからも挫けたことはないし、環境の違いへの戸惑いを感じたこともないです。それは、自分が社長として、環境を作り出せる立場にいたからかもしれませんが。

―――日本婦人の社長に就任して2年後には、お笑い芸人の仕事もスタートさせています。理由は?

ジェイソン 実は特に意味はないんです。楽しそうだったから、やり始めてみました。皆さんが週末に趣味を楽しむように、僕も週末にちょっと舞台に立ってみたいなと思って。でも結果的に、その仕事のおかげで日本での知名度が上がり、今は情報番組でコメンテーターの仕事をしたり、投資の本を出版したりしています。せっかくいただいた機会は最大限に活かしたいです。

子どもは、親の持ち物ではない 自分で考える人になってほしい

―――プライベートでは、日本人の奥様との間に、小学1年生、3年生、6年制の3人の娘さんがいらっしゃいます。子育てで心がけていることを教えて下さい。

ジェイソン 娘たちには、自分で考えられる人になってほしいです。自分が「なりたい」と思える自分になる努力はしてほしい。僕と妻から、こうしろああしろと言うことはないです。親になると、子どもを持ち物のように捉える人がいるけれど、子どもに対しては、独立した人間として接しています。保護者として保護はするけど、代わりに生きることはできないですから。本人の人生は、本人が生きるんです。

―――最後に、海外に住む読者の方々へメッセージをお願いします。

ジェイソン 周りと違う経験をして、自分にしかできない強みがある人は、成功しやすいです。皆さんが海外に住んでいる経験は、唯一無二で大きい。周りと違うことができて、初めて自分の価値は生まれる。そのことを忘れないでほしいです。それと、慣れない環境に戸惑ったりふさぎ込む人もいるかもしれないけど、それは、言ってしまえば、あなたがその状態を選んでいるということ。「落ち込んでいる自分」でいたいのだと思います。でも、それは時間の無駄ですよ。過去と、周りが決めたことは自分でコントロールできないけど、自分の考え方とこれからの行動はコントロールできます。つまり、今の状況を活かすのは自分次第なんです。

厚切りジェイソンさんの一問一答×10

❶好きな言葉は?
Just do it!

❷嫌いな言葉は?
「どっちでもいい」

❸どんなときにウキウキする?
飼っているインコと遊ぶとき

❹どんなときにげんなりする?
本当に思っていることを、言えない状況下にいるとき

❺好きな食べ物は?
ピザ

❻嫌いな食べ物は?
イカの塩辛

❼朝起きていつもすることは?
インコの世話

❽寝る前にいつもすることは?
ポッドキャストでニュースなどを聴きながら横になる

❾マイブームは?
インコ(笑)

❿生まれ変わったら何になりたい?
このままでもいいけど…あ、鳥になって空を飛びたい!

プロフィール

厚切りジェイソン

あつぎりじぇいそんさん

本名 ジェイソン・デイヴィッド・ダニエルソン 1986年4月9日生まれ。アメリカ合衆国ミシガン州出身。17歳でミシガン州立大学に飛び級で入学し、卒業後はGE Healthcareに勤務しながらイリノイ大学大学院に進み、修士課程を修了。2011年、IT企業の日本法人の社長に就任。2013年にはワタナベコメディスクールに入学し、お笑い芸人としての活動もスタートさせた。現在はIT企業の役員を務め、情報番組ではコメンテーターとしても活躍。著書に『ジェイソン流お金の増やし方』(ぴあ)がある。

文・編集/『帰国便利帳』編集部、田中亜希
撮影/内田龍
※2023年7月にインタビュー

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