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海外からの帰国体験記|台湾・香港・ジャカルタからの帰国 攻玉社中学校 2年 T・Oさん(13歳)

T・Oさん

環境の変化に強く、どんなことも楽しむ性格好きなことに挑戦させてくれる両親に感謝です

攻玉社中学校 2年 T・Oさん(13歳)
※2021年6月インタビュー時点

時期 場所 学校
10カ月~2歳半 台北 現地保育園
3歳~7歳半(G2) 香港 インターナショナルスクール
7歳半(小2)~9歳(小3) ジャカルタ 日本人学校
9歳(小4)~ 日本 公立小学校→私立中学校

カルチャーショックは日本人学校で経験

父の仕事の関係で、生後10カ月から小3まで海外で暮らしていたT・Oさん。3つの地域で生活を送った。
「どれも楽しかったです。友だちもたくさんいましたし。香港ではインターナショナルスクールに通って、家にいるとき以外は英語で過ごしていました。ジャカルタでは日本人学校に行ったので、そこで日本語や日本の文化を学べてよかったです」

日本の学校に初めて衝撃を受けたのは、帰国後ではなく、ジャカルタの日本人学校だ。
「体育の授業で先生が『起立』『礼』と声をかけると、みんなが指示通りに動いたり、体育座りをしている姿を見たときです。ちょっと軍隊みたいと思いました(笑)。それまでのインターナショナルスクールでは、あぐらで座るのが当たり前だったので」

コモドドラゴン
2017 年1 月頃、インドネシアのジャカルタにて、コモドドラゴンと記念撮影。
「ピースサインをしていますが、おっかなびっくり。怖かったです!」

日本では「納豆の食べ比べができて嬉しい!」

日本に帰ることは、帰国の2カ月前に父から知らされた。日本にはそれまで、年に2回は神奈川県に住む祖父母の家を訪れ、そのたびに3週間ほど滞在していた。しかし生まれ育った土地ではないため、いざ「帰国」と言われてもピンとこない。別の地域にまた引っ越す感覚だった。

「友だちと別れるのは寂しかったですけど、今度はどんな経験をするのだろうと、楽しみのほうが大きかったです。帰国後は、祖父母の家が近くて、さらに僕が小学校まで歩いて通学できる場所で生活を始めました。小学校は公立でしたが、たまたま帰国子女が多くて、しかもクラスのみんながわりと声をかけてくれたので、結構すぐに慣れました」

初めての雪遊び
帰国して初めての冬。記録的な大雪が降って、生まれて初めての雪遊びに大興奮!

海外の色々な場所で暮らした経験があるため、環境の変化には強いほうだという。
「もともと、どんなことも楽しむ性格だと思います。海外では子どもだけで外出することは禁じられていたので、日本の生活では、最初は単独で外出することに戸惑いました。でも、映画を観るのが好きなので、電車で20分ほどの場所にある映画館にひとりで行って鑑賞するうちに平気になりました。ちなみに、映画を観るときは吹き替え版ではなく、全編英語で観ます。英語を忘れないようにしたいので」

日本での暮らしで嬉しいことは、色々な種類の納豆を食べ比べ、かつ生卵も食せること。
「納豆大好きなんです。日本は衛生管理が行き届いているので生卵も心配なく食べられる。最高です(笑)」

北海道旅行
祖母と2歳違いの妹と、北海道旅行にて。

3Dアーティストとして海外で働きたい

現在通う攻玉社中学校には、明確な目的をもって入学した。部活動のLEGO部に入るためだ。

「この学校は父の母校ということもあって、小学生のときに父が学園祭に連れてきてくれたのですが、そこでLEGO部の存在を知って。作品を見て驚きました。かなりレベルが高かったんです。僕は幼い頃からLEGOが大好きで、LEGOに関しては誰にも負けません(笑)。そして、勉強にも自信があって、特に算数に関しては、ジャカルタ時代に少しハイレベルなドリルを毎日やっていたので得意でした。この力を活かせる学校に行きたいと、小5ぐらいから思っていました」

以上の理由で、自ら受験を希望。塾には通わず試験に臨み、国際学級に合格した。
「入学してよかったです。数学の授業は、先生が熱心で難しい問題に取り組めておもしろいですし。ライバルが多いので刺激もあります。コロナの影響でLEGO部の活動は思いきりできていないのですが、これからが楽しみです」

将来の夢は、海外でクリエイティブな仕事に就くこと。
「CGを作ることが趣味で、昨年はアニメ『鬼滅の刃』が流行ったときに、劇中に出てくる無限列車を3Dで全部組み立てて作りました。これらの技術を活かして3Dアーティストとして働きたいです。それか、LEGO社に入ってデザイナーになりたい。毎日仕事で趣味を楽しみたいです!」

親への感謝

勉強をする環境がよかったです。「勉強しなさい」と言われることはなく、好きなように自由に、やりたいときにやらせてくれました。受験に対しても特に何も言わず、「やりたいならどんどんやればいい」と応援してくれたことには、とても感謝しています。