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変わる海外駐在事情 海外駐在者の配偶者のキャリアをどうするか①

時代の変化と共に海外駐在事情も変わっています。今回の記事では、同行を求められた配偶者、特に女性のキャリアについて考えていきます。

駐在員の妻、いわゆる“駐妻”の交流と支援を目的としたWebサイト『駐妻café』を運営する駐在妻キャリアサポートコーチ、グローバルライフデザインの飯沼ミチエ氏に詳しくお話を伺いました。

若い世代でキャリア重視が顕著に

かつて海外駐在といえば、男性社員が「専業主婦の妻」を帯同するという形が一般的だった。しかし、ライフスタイル、特に女性の働き方の多様化にともない、従来の駐在家庭像と実態にズレが出始めている。飯沼氏は背景について、次のように説明してくれた。

「共働き夫婦が当たり前の時代になり、女性の仕事に対する意識は年々高まっています。コーチングという仕事上、私にはさまざまな年代の女性とお話する機会があるのですが、特に感じるのは、現在の海外駐在の主力となる30代以下の年齢の女性たちのほとんどが、長く仕事を続けることを当たり前と考えているということです。このような世代の人たちに、『海外駐在が決まったので、自分の仕事は退職して、配偶者として同行してほしい』などといっても、すんなりOKとなるわけがありません。妻には妻のキャリアがあるからです。『なぜ自分が仕事を辞めなければならないのか』、『積み上げてきたキャリアはどうなってしまうのか』など、不安や疑問が湧き上がっています。しかし、多くの企業・団体は、未だに専業主婦のいる片働き家庭を想定して制度を運用していますので、結果として妻が割を食う形になってしまっているのです」

男女とも意識に変化

飯沼氏の運営するWebサイト『駐妻café』が行った海外駐在員向けアンケート(※)では、駐在員(夫側)のほぼ半数が、配偶者のキャリア中断について「不安/やや不安」と回答している。配偶者のキャリア問題は、妻を帯同する夫にとっても、大きな関心事となっているのだ。

※…「海外駐在員と帯同家族向けサポート」に関するアンケート(2019年3月~4月)

アンケートの自由回答には、「キャリアが一時中断することで、よい条件での再就職ができなくなるのでは」、「キャリアが途切れることで、普段の生活の充実感が不足し、家族間で不満が募らないか」といった声が寄せられている。

「男女ともにキャリアに対する意識が変化しています。夫婦のあり方もより対等になり、家事分担は当たり前という世代が今や主流。『妻に負担をかけて申し訳ない』という夫側の回答は、以前と比べるとずいぶん増えている印象です」(飯沼氏)

元の職場に復帰するのか、退職してリセットするか

元の職場に復帰するのか、退職してリセットするか

とにもかくにも同行を求められた有職の配偶者には、具体的にどのような選択肢があるのだろうか。飯沼氏によると、大きく分けて休職、再雇用、退職の3つが考えられるという。

休職と再雇用

「期限の定まった駐在の場合、休職や再雇用が考えられます。帰国後に元の職場へ復帰できる安心感を考えれば、これらはとても魅力的な制度です。配偶者同行休業制度を設けている企業はまだ少ないのが実情ですが、産休・育休など、ほかの休暇制度をうまく組み合わせて使うなど、みなさんさまざまな工夫をしている印象ですね。中にはうまくタイミングが合って、育児休暇を活用できたというケースも。また、一旦退職して再雇用制度を利用したという方法も耳にします。とはいえ、こちらの制度も広く定着しているとは言い難い状況で、まだまだ過渡期です。こうした中、ご自身の同行を機に勤め先に掛け合い、再雇用を認めてもらったという方も少なからず見受けられます。企業も社員の働き方を模索している時代です。制度がないからとあきらめず、働きかけてみれば前向きな結果が得られる可能性もあります。せっかく育てた優秀な人材が同行で辞めてしまうということは、会社にとっても大きな損失なのですから」

なお休職や再雇用制度は、企業によってさまざまな条件が設定されており、思わぬ落とし穴が待ち受けていることもある。特に再雇用制度を使った場合では、一旦退職するかたちになることでそれまでの実績が白紙とされ、復職後の給与額が大きく減ってしまったというケースも。十分に下調べしてから制度を利用してほしい。

退職してリセット

休職制度や再雇用制度が利用できない場合には、退職して別の会社や職を探るという選択を余儀なくされる。一旦キャリアをリセットした人が帰国後の就職先を探し始めるのは、おそらく帰国日の前後になるだろう。それまで現地でどう過ごすのがベストだろうか。

「日本にいなくても、できることはたくさんあります。一旦退職された方は、同行期間をステップアップの期間ととらえて、次のキャリアの準備のために時間を有効に使いましょう。たとえば資格取得はどうでしょうか。今はインターネットのおかげで、地球のどこにいようとも、質の高い授業を受けることができます。大学のオンライン受講だって可能です。私の知る中には、同行期間をフル活用してMBAを取得した方が何人もいらっしゃいます。もちろん資格にかかわらず、勉強できることはたくさんあります。また、いわゆる勉強というものには気持ちが向かないという方もいるでしょう。私はそういう方には、現地でのボランティア活動をおすすめしています。次の就職活動でアピールポイントにできるはずです。ただしアピールするときの表現には気をつけたいところで、漠然とボランティア経験を述べるだけでは不十分。未経験のことに対して、自分なりにどう取り組んで達成したのか、これからの仕事にどう活かせるのかをしっかり説明してください」

現地で働くという選択肢

現地で働くという選択肢

休職、退職にかかわらず、条件が揃っているならば、現地で働くことも可能だ。

「今のところまだ多くはありませんが、就業ビザを取得して現地で就職し、バリバリ働くという方も存在します。こういう方々は、キャリアの中断という観点からはさほど不安はないでしょう。また、日本の企業を対象にリモートワークを行う人もいるようです。いずれにせよ、ここで気をつけたいのはビザ、就労許可や税金について。働くには国ごとにさまざまなルールや基準があります。また国が許可していても、帯同家族の就業を禁止している企業も少なくありません。夫の扶養家族から外れた場合、税金が増えたりするのはもちろんのこと、帯同手当などの支給額が減ってしまうこともあります。国ごと、会社ごとにそれぞれルールがありますから、必ず十分な下調べをして臨んでください」

同行生活もキャリアの一部と考えよう

退職でキャリアが一旦リセットされること、同じ職場に復帰できてもブランクが空いてしまうこと──、どちらも同行中の大きな不安材料だ。飯沼氏は、SNSなどで似た境遇の仲間とつながることを特にすすめている。

「キャリアがストップしたことで、将来への不安だけではなく、自身の存在意義がぐらつく思いをしたという方も少なくないようです。これは特に、それまで意識を高く持って働いてきた方ほど顕著です。そして、不安を抱えてしまった時、社会とのつながりを断ち、家事や育児だけに集中するのは悪手です。キャリア、子育て、夫婦……と、悩みごとに話せる仲間を持ち、支えあうことを考えてください。他者と関わり、話をすることで、きっと見えてくるものがあるはず。私は駐在妻の先輩として、遠慮せずに頼ってほしいと常々思っていますが、若い世代はコミュニケーションをとることに対して少し臆病ですね。年長者に聞けば一言で解決することも少なくありませんし、お互い助け合おうと待っている仲間がたくさんいることを知ってほしいです。もちろん、日本人だけで支え合おうとしなくてもいいのです。先におすすめした現地でのボランティアなどは、その土地のコミュニティとのつながりを作り、心を健康に保つために有効です。キャリアのためになるのはもちろんですが、社会とつながり続け、自分が他者に貢献しているという感覚を持ち続けること。これも、実はとても大きなことなんです」

最後に飯沼氏は、同行生活をブランクだととらえないでほしいと話してくれた。

「現地では、ぜひその土地にいるからこそできることに挑戦してください。これは一見、キャリア以前の話のようですが、しかし、経験は何事もキャリアにつながるものなのです。たとえば海外で大変な思いをして子育てをしたこと、これは素晴らしい経験ですよね。それだけで視野が広がり、人間としての幅が広がったはず。また、忘れてはならないのは、将来自分が何をしたいのか、どうなりたいのかを常に意識すること。同行期間のすべてが貴重な経験であり、キャリアにつながるものなのだと信じ、自信を持って過ごしてください」

お話を伺った方

飯沼ミチエ

飯沼ミチエ氏 グローバルライフデザイン駐在妻キャリアサポートコーチ

駐在妻キャリアサポートコーチ。元駐在妻の経験を活かし、海外駐在妻、元駐在妻、プレ駐在妻のキャリアをサポート。メルマガ読者は42か国に850名以上。2018年に駐在妻のための情報・交流サイト『駐妻café』を開設。運営責任者として世界からボランティアで集まった15か国約40名の運営メンバーとともに活動している。