巻頭インタビュー

吉澤博高氏

大学学長に聞く

日本の教育のこれから

第4回
東京医科歯科大学 学長 吉澤 靖之

日本の医療および医学教育界をけん引する存在として知られる『東京医科歯科大学』。今回は同大学の吉澤靖之学長に、大学が目指すグローバルヘルス教育のための教育方針や取り組み、これからの学生や帰国子女に求める力について、お話を伺いました。

 

現場経験から気づいた理想の医療教育とは

吉澤学長が同大学を卒業したのは、今から47年前の1969年のことだ。卒業後は『東京逓信(ていしん)病院』で医師として現場に立ち、77年に渡米。『ウィスコンシン医科大学』で客員教授などを務めた。帰国後は再び『東京逓信病院』へ戻るが、その後『筑波大学』で臨床医学系の講師として教壇に立ち、93年、再び母校へと戻ることになる。
「医」の世界における教育と実践、そして海外の現場を見つめてきた吉澤学長は、これからの大学教育をどう見据えているのだろうか


大学改革の契機となった教員のハーバード派遣

学長が再び貴校に戻られた93年、当時の大学へはどのような第一印象を抱きましたか?


東京都文京区に本部を置く『東京医科歯科大学』

吉澤靖之学長(以下、吉澤)   およそ20年ぶりの母校は思っていた以上に「教育が進んでいるな」と感じました。私が学生だった頃は ちょうど学生運動が盛んで、学校へ行ってもストライキばかり。勉強できるような状況ではありませんでした。けれど、私が再び大学に戻った時、学内ではある程度臨床研修も可能になっていて、教育基盤はできている印象でしたね。とは言え、私が戻った当時は今のように海外の医療教育を意識している様子はありませんでした。それが大きく変わったのが、2002年。鈴木章夫元学長による『ハーバード大学』との「医学教育提携」の英断です。

 

鈴木元学長と言えば心臓の人工弁の開発の第一人者として世界的にも知られていますよね。具体的にはその年からどのようなことがスタートしたのですか?


オーストラリア国立大学の『ジョン・カーティン医学院』
に派遣された学生たち。

吉澤    鈴木元学長もアメリカで医療現場に立っていた人物で、当時の日本の大学の医療教育を見て「これじゃいけない」と思ったの でしょう。というのも、あの頃の大学の教育は、知識の詰込み式で、非常に無秩序なものでした。一方で、アメリカの医療教育はマニュアル化が進んでいて、効率的なカリキュラムがしっかりと組まれていました。そして、そうした教育を受けた医師は実際に現場に立った時も体系的に物事を考えられるんです。
 そうしたアメリカの教育環境を学んでほしいという思いがあって、2002年から教員を『ハーバード大学』に派遣して、現地の臨床医学実習を目の前で見て、覚えて、それを学内の教育に持ち帰る。そんなサイクルができたんです。
 私も実際に渡米して現地で医療に携わった経験があるからわかることですが、アメリカの教育スタイルは日本のそれとは大きく異なります。現地では「臨床カンファレンス」も日本のものとは全く異なりました。日本では教授が若い人に一方的に知識を与えるだけでしたが、現地では積極的に議論が交わされて、教育環境としてのまとまりにも「すごい!」と感じたのを覚えています。そうした現地の医療教育を包括的に学んできてほしいという思いが込められたのが、この『ハーバード大学』とのプログラムだったんです。
 それから2年後には教員だけではなく、学生にも現地の医療教育をリアルに体験させるために『ハーバード大学』へ派遣し、そのシステムは今でも続いています。アメリカの医療教育のメソッドを持ち帰ることで、今では学内でも教員や学生が積極的につながりを持とうとする有機的な連携の取れた授業が実現しています。

 

『東京医科歯科大学』から「知と癒しの匠」を生む

古くからの教育スタイルに縛られず、海外の医療教育も柔軟に取り入れる。そうした新陳代謝の良い教育環境は素晴らしいです ね。『ハーバード大学』との連携が始まってから、学内にはどんな変化が生まれま したか?


アメリカの『ハーバード大学ハーバード・メディカル・スクール』
のゴードン講堂にて。

吉澤    学内でも「このままじゃいけない」と、教育改革の機運が高まりました。例えばアメリカには「チーム医療」の文化がありますから、それを取り入れようという動きもあるんです。「チーム医療」というのは、医師や看護師、歯科医師や薬剤師、栄養士、理学療法士そしてソーシャルワーカーなどあらゆる職種の人間が連携して医療に当たるというものです。本学では『早稲田大学』や『星薬科大学』の学生も参加する「チーム医療入門」といった授業も行っています。
 また、教員や学生を『ハーバード大学』に派遣してそれを学内に持ち帰ると言っても、現地の医療教育のコピーではいけません。アメリカと日本では、そもそも医療というものに対する考え方が違うからです。先ほどのアメリカのマニュアル化された医療教育・医療現場のお話をしましたが、それは良い意味でも悪い意味でも効率化重視であるということです。一方で日本は昔から常に患者の心に寄り添う医療を続けてきました。そういった意味では、アメリカの医療教育を参考にしながらも、狷本だからこそできていた医療瓩眤臉擇砲靴覆い箸い韻覆ぁK楹悗任蓮崔里般しの匠」を輩出することを元来目的としてきましたが、「癒し」と いう点においては教養や感性、そして多様性を受け入れるコミュニケーション能力が欠かせません。だからこそ、AIでは実現できない、人の手による医療を大切にできる医療人の教育に力を入れているのです。

 

チリ大学などとのジョイントディグリープログラムも

貴校では年々留学も増えているとのことですが、続いて学内の教育の国際化についてもお聞かせいただけますか?


学士課程専門職連携教育のためのワークショップ
「チーム医療入門」 の授業風景

吉澤    本学の全学生数は3000人弱とそれほど多くはありませんが、現在計200名ほどの留学生が在籍しています。歯学の分野 をはじめ、ゲノムや再生医療といった日本および本学がリードする研究分野で最新の医学を学びたいという目的意識のはっきりした留学生が多いです。
 また、本学からも積極的に学生の留学を支援しています。例えば医学部医学科4年次の6月から11月には約6カ月間の研究コースとして、学生自身が興味のある分野をより深く研究できるプロジェクトセメスターを設けており、多くの学生が海外の研究機関で研究実習を経験しています。加えて6年次には『ハーバード大学』や『オーストラリア国立大学』など海外での臨床実習ができる制度も設けています。
 加えて、海外の大学とのジョイント・ディグリープログラムの開設も、本学の大きなチャレンジの一つです。本学では長年交流実績のあるチリの『チリ大学』とタイの『チュラロンコーン大学』の二校と提携し、共同の教育プログラムを修了した学生に共同で単一の学位を授与するシステムを導入しています。海外の学生が本学にやってくるケースももちろんありますが、日本の学生も海外で医療教育や臨床実習教育を受けることができます。こうした話は正直、私の学生時代では考えられないシステムですね(笑)

 

学生がこうした留学制度を積極的に活用している実感はありますか?

吉澤    ありますよ。入学の面接の段階で「学生の間に海外で勉強がしてみたい」という学生も大勢います。ですが、教育の国際化を進 めると必要になるのが学生の英語力でしょう。日本の病院で実際に患者と向き合う時には、もちろん日本語を使いますが、学びの場では海外の医療知識学習は不可欠であり、英語ができなければどうしようもない。ですから、英語で講義を行う人文社会科学系科目である「グローバル教養科目」群を始め、教養部において英語で講義する科目を増やしています。併せて、教員も国際公募するなど、教壇に立つ側の国際化にも力を入れています。

 

なるほど。教育の国際化という点では、貴校は2014年には文部科学省の「スーパーグローバル大学創成支援」のタイプA (トップ型)にも選ばれていますよね?

吉澤    そうですね。私が学長に就任して半年ほどになったタイミングでの採用でした。タイプAは世界大学ランキングトップ100を目指す力のある、世界レベルの教育研究を行うトップ大学の支援対象ということになります。つまり本学は、地球レベルでのグローバルヘルス教育を推進しなければならない義務があるということです。日本や本学が得意とする分野で研究をけん引していくことはもちろん、例えば保険制度といった社会政策も含めた日本の医療というものをパッケージとしてアピールしていかなければなりません。
 また、医療技術が追いついていない地域での人材育成も本学のミッションでしょう。そうした地域では、現地の人に注射の打ち方を一つ教えても意味がありません。薬がない、医療に最適な環境がない、そういうことは大いに考えられます。だからこそ大学では医学だけでなく、現地の文化や社会学といった視点から医療をより包括的に学ぶ必要があるんです。
 そうした大きな話を含めて、医療分野で本学ができることをしっかり実現していく必要があると考えています。アメリカに学ぶことだけがグローバリゼーションだ、という考えはもう捨てるべきです。それ以上に、各国の特徴とする先進的な医療技術を学び、そして自らもその技術をシェアし、また本国の強みである先端医療と統合していく時代になっていると確信しています。

 

グローバルヘルスをけん引する医療人を目指して

では最後に、貴校における帰国子女の教育についてもお聞かせください。

吉澤    本学では2018年度入試から国際バカロレア入試・帰国生入試を実施します。帰国子女に期待することは大いにありますが、どこの国で、どれくらいの期間生活をしていたかによってそれはまったく異なってくると思います。例えば、十数年もアメリカで暮らして帰国する場合には、まず日本の医療文化を知ってもらう必要があるでしょう。本学でも留学制度はあれど、それほどの長い 間現地の医療文化を肌で感じ、かつ日本の医療についても理解できる経験を持つ人はそう多くありません。だからこそ、両方の国の良い点を取り入れて新しい医療技術を上回る研究成果を出せる可能性は十分にあると思います。


卒業後にはどのような現場で活躍してほしいとお考えですか?

吉澤    先ほどグローバルヘルス教育の話をしましたが、『W H O(世界保健機構)』ですとか、そうしたステージに巣立っていってほしいですね。私は海外で活躍している人の「物怖じせず、何事にもチャレンジする姿勢」こそ日本人に足りないものと感じています。そうした点でも、世界における未来の医療現場で帰国 子女のみなさんが活躍できる舞台はたくさんあると思いますよ。

 
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