巻頭インタビュー

松本伊代

「ヒロミさんと私が同時に叱らない」。

どちらかが子どもの逃げ場になれるように

夫婦で役割分担をしています。

アイドル・タレント
松本伊代

アイドル全盛期1982年にデビューして、華々しい芸能界の道を歩んできた松本伊代さん。 高校生と中学生のふたりのお子さんの母でもあり、数年前から芸能界の仕事を本格復帰させました。 子育てや家庭、仕事のことについて伺いました。

 

スカウトから二週間でアイドルデビュー

1982年にアイドルとしてデビュー後、現在も幅広いご活躍の伊代さん。 まずはアイドルになったきっかけから、教えてください。

松本伊代(以下、松本) 小さい頃からアイドルに憧れていて、雑誌などを見ては色々なオーディションに応募していました。 あの有名なホリプロのスカウトキャラバンにも応募したことがあります。 デビューのきっかけは原宿でのスカウト。 その頃、「ホコ天」でローラースケートをするのが流行っていて、友だちがしていたので、毎週土日は原宿へ。 そのときに、スカウトされました。

 

スカウトされたときのお気持ちは?

松本   声をかけていただいたときは、当時の事務所の名前を知らなくて、何かピンときていませんでした。
でも、それから事務所の社長から連絡が来て、直接会って話を聞いて、やっと「本当にスカウトされたんだ!」 と実感が湧いた思い出があります。
事務所に入ってすぐ、田原俊彦さんの妹役のオーディションを受けて、その役でデビュー(TBS系『たのきんの全力投球』)。 オーディションからデビューまでは2週間くらいでした。 歌手デビューもすぐで、トントン拍子でアイドルになれたんです。

 

あっという間だったのですね。

松本   本当に、毎日がすごい勢いで! 振り返ったり、立ち止まって考えたりする時間はなく、与えられたことをただただ一生懸命にやっていました。 高校にも通いながら、歌やドラマなど初めての連続で。 ボイスレッスンやダンスレッスン、セリフを覚える練習など……、毎日3時間睡眠が平均だったかな。

 

アイドル時代、大変なときをどう乗り越えられたのでしょうか?

松本   周りの方々のフォローや、ファンの皆さんの応援のおかげ。 それと、今から思うと、いろんな意味で若かったからできたことだと思いますし、「アイドル」という仕事がとにかく好きだったんでしょうね。
私、実はタフではないんですけど、でも、体調が悪くても仕事を休んだことが一度もないんです。 点滴を受けてから仕事へ行ったり、番組の本番直前まで「もうダメ……」と思っていても何とか歌えちゃったり。 よく実家の母に、「デビューしてから丈夫になった」って言われていました(笑)。

 

逃げ場になるよう、叱るときは役割分担

アイドルとして大活躍された伊代さんも、現在はヒロミさんとご結婚されて、高校生と中学生、2人のお子さまがいらっしゃいます。子育ての方針をお聞かせください。

松本   はっきり決めているわけではないんですけど、子どもを叱る場合、夫婦2人が一緒になって叱ることはしないようにしています。 ヒロミさんは結構厳しくビシッと叱るタイプなので、「叱るのは、そのくらいでいいんじゃない」と言ってみたり、 向こうも私が叱っていると「まぁまぁ」なんて間に入ってくれることも。
親が2人そろって責めたら子どもの逃げ場がなくなっちゃうので、どちらかは逃げ場になるように。 自然とそんな役割分担になっていますね。

 

ヒロミさんと伊代さん、どんなときにお子さんを叱っているんでしょうか?

松本   ヒロミさんはしつけや食事のマナーに厳しいので、行儀が悪かったり、きちんとしていなかったりすると叱りますね。 私は……もうしょっちゅう叱っているかも(笑)。 今日も次男は朝からゲームをしていたので、「野球の練習があるんだから素振りでもしなさい!」、 長男はまだ寝ていたので、「早く起きなさい!」なんて。

 

伊代さんの子ども時代はどんなふうでしたか?

松本   反抗期のときは「うるさいなー」なんて言っていましたけど、振り返ってみると母はうるさく叱ることはなかったですね。 自由にさせてくれていた……どちらかというと、放ったらかしに近かったかも(笑)。 すごく叱られたような思い出もないですね。きっと、姉と私と二人とも、とってもよい子だったんですよ(笑)。 母を見習って、あんまり子どもたちを叱らないように、と心がけています。でも、何か、叱っちゃうんですよね。

 

男の子と女の子では、子育ての大変さが違うのかもしれませんね。

松本   男の子はやんちゃというか、手がかかると思いますね。 でも、自分の子どもだから、そう思うのかもしれないけれど、「男の子」ってかわいい!(笑)。 小さい頃はもちろん、ある程度大きくなっても、何だか子どもっぽい部分があって。

 

反抗期の最中は、放っておくのが一番です

中高生というと第二次反抗期。お子さまとはどのように接していますか?

松本   次男は今そんな感じですけど、私は放っておきます。 余計な摩擦を起こさないために、何か言うときもしつこく言わないように気をつけていますね。 あとは、子どもの言うことを一度で聞き取ること(笑)! あの年齢期に違わずうちの子どもたちも、ハキハキせずにぼそぼそと話すんですよ。 そういうときよく聞き取れなくて、「え? 何?」と聞き返すと、「いいよ、もう……」なんて、それだけで話してくれなくなっちゃいますから。

 

母として、お子さまの夢などを、どのように応援されているのでしょうか?

松本   長男はまだ具体的に、「◯◯になりたい」とか「◯◯の仕事をしたい」とかはないみたいですね。 大学に入ったら見つけてくれるといいなと思っています。 自分の中では何かあるのかもしれないですけどね。
次男は今、野球を頑張っているので応援しています。 小さい頃は「プロ野球の選手になりたい」なんて言っていましたけど、最近は「社長がいいな」と(笑)。 ほかにも「野球が得意な芸能人」なんて、芸能界にも興味があるようですね。 私は、「じゃあ、野球が得意なアナウンサーになったら?」と薦めているんですけどね(笑)。 だって、アナウンサーってかっこいい仕事のひとつでしょう(笑)?まあ、どうなることやら。

 

楽しい子育てのコツは一人で抱え込まないこと

子育てとお仕事の両立は、大変ではないですか?

松本   子どもたちが小さい頃は、育児優先で仕事をセーブしていたので、両立で大変だった、というのはそれほど感じなかったかもしれません。
でも、海外での仕事のときに、子どもが熱を出してしまったことがあって。 お義母さんが世話をしてくれていて、私には心配させないようにと、電話でも「元気よ」なんて言っていたんです。 でも、あとで聞いたら、高熱が出て大変だったそうで……。 思い返せば高熱ではなくてもそんなことは結構あって、周りに支えられ、育児も仕事もしていられるんだと感謝しています。

 

『帰国便利帳』の読者の方々は海外で暮らしていらっしゃるんですが、伊代さんの海外での思い出は?

松本   海外へは旅行や仕事で行きますね。 家族旅行ではよくハワイに行っていて、子どもが小さい頃はみんなで楽しく過ごせて、思い出がいっぱいあります。 でも、今は子どもたちが大きくなって、だんだん家族そろって旅行も行けなくなって残念。
実は、子どもたちには海外留学もしてほしいな、と思っているんです。 これからは英語が話せた方が仕事の役に立っていいと思いますから。 でも、本人たちは今イチ、その気になってくれないのが悩みです。

 

最後に、子育てにがんばるお母様方に励ましのメッセージをお願いします。

松本   些細なことでも、子どもに関することは気になって悩んだり、落ち込んだりすると思うんですよね。 そんなときは周りの人に相談したり、助けてもらったりしながら、子育てできるといいなと思います。 私もヒロミさんやお義母さん、自分の母、ママ友にも助けられています。 だから、大変なことがあったら一人で抱え込まず、みんなに助けてもらってくださいね。 手伝ってもらえばラクになれるし、何より、楽しく子育てしたいですよね!

 

子どもたちには海外留学もしてほしいなこれからは英語が話せたほうが仕事に役立ちますからでも、本人たちは今イチその気になってくれないのですが(笑)

 
松本伊代(まつもといよ)

1965年6月21日生まれ、東京都大田区出身。1981年「センチメンタル・ジャーニー」で歌手デビューし、翌年の日本レコード大賞新人賞受賞をはじめ、数多くの音楽新人賞を受賞。以降、明るく天真爛漫な魅力で、歌手以外にも映画、テレビドラマ、CM、バラエティ番組といった幅広い場で活躍中。プライベートでは、1993年にB21スペシャルのヒロミさんと結婚し、現在高校1年生と中学1年生になる二男の母。
★ファン待望の単独ライブを開催! 11月4日(日)(=イイヨの日!)、「30周年記念コンサート」、品川ステラホールにて。