巻頭インタビュー

つるの剛士

夢を叶えるコツは

それに向かってバカになること!

シンプルに考えてシンプルに動けば

やりたいことができないわけがない

俳優・タレント・ミュージシャン
つるの剛士

1997年に『ウルトラマンダイナ』の主人公に抜擢されたことで注目されて以来、 俳優、タレント、ミュージシャンとさまざまなかたちで日本中を楽しませてくれている、つるの剛士さん。 ウルトラマンになる夢も、テレビに出ていろんなことをする夢も「全部叶えることができた」といういまの気持ちや、 1男3女の父として感じていることを伺いました。

 

子育てで一番大事なのはよい夫婦関係だと思う

一男三女のお父さんでもあるつるのさん。 “素敵なパパ”としても注目されていますが、子育てで「これが一番大事!」というものを教えてください。

つるの剛士(以下、つるの) まず、子どもがどうの、ということよりも、一番大事なのは良い夫婦関係。僕はずっとそう思っています。 夫婦でコミュニケーションをしっかり取って、ストレスをなくして、お互いによい関係を作っていくことが一番の育児。 子どもは親のことをよく見ていますからね。
 僕は育児書を読んだことがないので、自分の人生経験や自分が親にしてもらったことが、子育ての基礎になっているんです。 ちなみに、僕の親は放任主義でした(笑)。

 

夫婦関係と言えば、今春ご出演されたドラマ『名前をなくした女神』は“ママ友”にスポットを当てつつ、 複雑に絡み合うその関係が描かれていましたね。

つるの   あのドラマでは夫婦関係が直接的に子どもの性格や生活に影響している、というのがわかりましたね。 僕が演じたのは秋山家という家族の父でしたが、その家が自分の家庭とわりと似ていて。 ほかの家庭は夫婦関係がギクシャクしていることが多かったけれど、秋山家は夫婦関係がうまくいっていた。 それが、よい育児につながっていた……ということで、自分が考えてきたことは間違っていなかったんだなと確信できました。
 どこの家庭も夫婦の関係が崩れたときに、何か問題が起こっていきますよね。 お互いの足を引っ張るようなママ友同士の恐ろしい関係性も強く描かれていましたが、ああいうのは実際にあるところではあるようなんです。でもこの問題も、解決には夫婦関係が肝。 だって、家で旦那さんにいろいろ話せないから外で極端なかたちで発散しちゃうわけでしょ? ちゃんと話をできる関係であれば、ストレスはそこまでたまらないと思うんです。

 

なるほど。やはり、奥様とは昔からいろいろと話されていたのですか?

つるの   はい、昔はやっぱりぶつかることも多かったですけどね。 やっている仕事も考え方も違う、おまけにふたりとも我が強いんで、言い争いはしょっちゅう。 でも、そんな日々を経て、お互いトゲを削りあって丸くなって、だんだん「つるの家のかたち」というものが出来上がってきた気がしています。 僕、考えをちゃんと口に出すというのは大事だと思っています。 親としての考えも、愛情表現もそう、全部口に出すことでわかり合える部分は大幅に増えると思います。

 

普段、どんなときに話をされているのですか?

つるの   ふたりでお茶やランチに行くことはよくあります。そんな時間は一番楽しいですよ。 いまは家族旅行でも子どもが大騒ぎでゆっくりはしていられないんで、旅行先では「いつかふたりでここに来ようね」って、奥さんとひそひそ。 子どもたちがすくすく成長し&旅立ち、早く奥さんとふたりきりでデートしたいっすねー(笑)。

 

自身の親や育児休暇から知る夫、父としての子育て

つるのさんが子どもだった頃の、親子間での印象的なエピソードを教えてください。

つるの   ひとつ、本当に忘れられないのが、高校時代に万引きをしたときのこと。 これまでの人生でした一番悪いことだと思っているんですけど、そのときの父の反応はすごくよく覚えています。 万引きが見つかってお店の裏側に連れていかれて、そこに両親を呼ばれたのですが……。 うちの父は銀行員という固い職業だったので、僕のせいで仕事がダメになってしまうんじゃないかとすごく心配になりながら両親の到着を待っていました。 それで、絶対にものすごく叱られると予想していたら、父は全然叱らなかったんですよ。 到着して開口一番、「これがお前のはじめてした悪いことなんだから、もう二度とするな」というひと言で終わり。 この言葉が胸に刺さって「もう悪いことは絶対にしない」と思いましたね。 あのしつけはすごかったと、いまでも思います。

 

2010年、4人目のお子様が誕生された後に2カ月間の育児休暇を取られました。いまの日本ではすごく勇気のいることですよね。

つるの   育休を取った2010年当時、父親の育休の認知度はまだ低かったんですが、僕自身はその結構前、 NHKで育児系の番組に出演させてもらっていたときに知って、以来「いつか取りたい」と思っていたんです。 ただ、そう思ってから二、三年、メチャクチャ忙しくなって、ほとんど家に帰れない状況が続いて……。 その状態は僕自身も悲しかったし、このまま家庭をおろそかにすると仕事もうまくいかなくなるということも分かっていたんで、もう思い切って「4人目の子どもが生まれるのをきっかけに、休みを取ろう!」って。 それで、ベストファーザー賞をいただいた舞台上で「育休取りまーす」って宣言しちゃって。 事務所には言ってなかったので、「え?聞いてねー」みたいな感じになったんですけれど。でも、取ったんですよ(笑)。

 

2カ月間どんな生活でしたか? そして感想を。

つるの   毎朝子どもたちの弁当を作って、保育所に預けて、奥さんとランチに行って、保育所へ迎えに行くついでに子どもたちと海なんかへ遊びに出かけて。 夜になったらお風呂に入れて寝かせて……というような生活です。
 たった2カ月の育休でしたが、「奥さんは毎日同じ生活をしている」、「あの時間は大変」、「あのときに必要なのはあれ」ということを知れたのは、大きな収穫だったように思います。 そのおかげでいろんな気遣いが出来るようになりましたから。 育休前、周りの人たちからは「復帰できないんじゃない?」と脅されていましたが、いざ復帰となったときは、思ったよりも気持ちの切り替えがスッとできました。 で、初日から、「24時間ずっと釣りをする」という芸能界ならではの仕事をしました(笑)。

 

“バカ”だったから夢を全部叶えられた

芸能界に入りたいという気持ちは、いつから持っていたのですか?

つるの   小学2年生のときからです。隣の席の女の子が子役で、“撮影で”学校を休むのがかっこよく思えて。 欠席なのに話題になってるのも。だから僕も芸能界に入りたいと思ったんです。 それからいろんな人に「芸能界なんて無理だ」と言われたけれど、逆に「なんで?」ってずっと思ってきました、真剣に。 いまになって思えば、本当にいい意味でバカだったんだなって気がします。
 ひたすらシンプルに思い続け、そこに向かって集中するという“バカのパワー”って、実はすごいですよね。 夢を叶えるためにしたことは「やりたいことをやるにはどうしたらいいか」を考えて、ただ動くだけ。 「迷い」もなかったですね、シンプルなバカで良かったですよ(笑)。 いまは、幼稚園の頃のウルトラマンになる夢、小学校の頃のテレビに出る夢、高校の頃の音楽をやる夢、ひとまず全部叶っちゃってます(笑)。

 

そんな芸能界で活躍される中、サーフィン、将棋、釣り、バイク(ほか多数)など、趣味もたくさんお持ちですね。

つるの   純粋に好きだから、好奇心が抑えられなくてアレコレ手を出していますが、実は、仕事に役立つことも多いです。 たとえば、将棋を例に挙げると、バラエティ番組に出る出演者を駒に例えて「今日は桂馬がいるから僕は銀になろう」って考えるとか(笑)。
 趣味は、ときに、武器になるものだと思います。 “おバカタレント”や、『羞恥心』で歌手としてブレイクしたときなんかはすごく怖かったけれど、次の段階に進むために、趣味を一生懸命貯金していました(笑)。 人生は“ロッククライミング”に似ていて、ひとつうまくいっても、いつも次の石を見つけていかないと、そこで終わっちゃう。 だからあの最中も、「次に何ができるか・何をしたいか」を必死で考えていましたね。

 

お子様たちもいろんな趣味を見つけ、元気に成長していってほしいですね。

つるの   そうですね。でも、僕はどちらかというと趣味が“広く浅く”になりがちですから、子どもたちには何かひとつを極めてほしいという気持ちはあります。 あとは、海外でもどこへでも、いろんなところに行っていろんな人や文化に出会ってほしいです。 そこでは「日本のよさ」も知ってほしいですね。 繊細だったり気遣いができたり、島国らしく熱かったり、ごはんがウマかったり……日本はいい国だと強く思っていますから。
 そうそう、海外に少し関係するかな……最近楽しいのが、うちの三歳の次女の成長ぶり。 たまたま保育園に空きがなかったのでインターナショナルスクールに通わせているんですよ。 この頃は、あいさつがまず英語ですし、「今日、何食べたい?」って聞いたら「Bread」と答えたり、「Daddy Love Love」なんて書かれた手紙をくれたりもするし、日に日に英語がうまくなっているんです。 僕はついていけてないんですけど(笑)。偶然とはいえ、面白い選択だったなと感じています。 小学校や中学校もこのままインターナショナルスクールでいいかなとも思っていて。いつか家族で海外に行ったときに、通訳役になってくれたらいいですね(笑)。 四人も子どもがいるんで、そんな子がいても、いいですよね(笑)。

 
つるの剛士(つるのたけし)

1975年5月26日、福岡県出身。 1995年から『太田プロダクション』に所属し、翌年に俳優デビュー。 2007年には『羞恥心』のリーダーとして、音楽の世界でもその名を広める。 以来現在まで、俳優、タレント、ミュージシャンとして幅広く活躍。プライベートでは、2003年に結婚。 1男3女をもうけ、2009年には『ベスト・ファーザーイエローリボン賞』を獲得している。