巻頭インタビュー

藤井フミヤ

「今」を生きていることは奇跡

だから伝えたいことは、今、伝える

ミュージシャン・俳優
藤井フミヤ

1983年にミュージシャンとしてデビューし、その歌唱力に留まらず、発する言葉や行動でも若者たちを魅了。
俳優業やアート活動にも力を入れており、かつ、ふたりの子どもの「父」としての人生も堅実に歩んできた人、 藤井フミヤさん。
海外での生活経験を持てることはラッキーだと捉える彼に、「子育て」や「家族への思い」、そして「アーティストとして伝えていきたいこと」を伺いました。

 

自分の考えを子どもにコツコツ伝えるのが大切

読者である保護者のかたがまだ学生だったころから今日まで、アーティストとしての活動・ご活躍を続けられている藤井フミヤさん。 現在では、そこに「父の顔」も加わりました。父としての側面を、ぜひ教えてください。(LH1.9)

藤井フミヤ(以下、藤井) そうですね、妻が子どもを叱るときに「お父さんに言うよ!」という言葉を「切り札」として使って成立するくらいの威厳は、子どもが小さかったころから保っているつもりです。
…まあ、子どもには恐れられることが多いかな(笑)。
 子育てで大切なのは、自分の考えを子どもが小さいうちからコツコツと伝え続けていくこと。 我が家で言えば、「藤井家家訓」っていうのがあってね。 たとえば「中学にあがったらスポーツを始めよう」ということは、子どもが小学校低学年のうちから言い聞かせていました。 「文化部に入りたければ、運動部とかけ持つこと」、「嫌だとしても、藤井家の決まりだから、やむを得ない」って(笑)。 そのくらいしっかりとスポーツを推していました。
 うちの子どもたちはバスケットを始めましたけどね、個人競技にしても団体競技にしても、スポーツから得られるものはすごく多い気がします。 努力したり喜んだり悔しがったりする経験は、人生を膨らませてくれるし、日本の部活で言えば、先輩・後輩をはじめとする人間関係についても学べますしね。 競技自体からは先を読む「カン」みたいなものを身につけられて、その「カン」はきっと大人になったときに場を読む力として働いてくれるでしょ。

 

「藤井家家訓」は、ほかにもありますか?(LH1.8)

藤井  「藤井家の者は、留学しなければならない」っていうのが、ありますよ。 これもスポーツと同じく子どもが小学校低学年のうちから言い聞かせていたのですが、小学生にとっては「家を出て、ひとりで海外に行く」ということは相当、怖いことだったようです。 よく「いつ行けばいいの?」と聞かれました。ただ、ふたりはそれぞれ十六歳になったときに、自ら「留学する」と言い出しましたね。驚きました。

 

自分で考え、行動すれば得られるものは大きい

海外では何を学んでほしいと思われたのですか?(LH1.7)

藤井  たとえば日本人は、ルールを決めたらそのルールを一生懸命守る。何事も基本的には受け入れようとする。 そういう姿勢は清くて美しいかもしれないけれど、がんじがらめになってしまうこともあるし、ルール外のことを知らないことに関しては「もったいないな」と思います。 もっと「おおらか」になっていい部分がたくさんあるように感じますね。
 アメリカなんかに行くと、いろいろと驚くことがありますよね。 コーヒーショップの前にパトカーが四台くらい並んでいて「事件でも起こったのか!?」と思ったら、普通に警官たちがコーヒーを飲んでるだけだった、 というような、いい意味での「ゆるさ」が日本人にももっとあっていいと思います。 ゆるさイコール自由の多さで、つまりは自分で考えたり行動したりする機会が多いということ。 子どもたちがそこから得られるものは大きいはず、と考えました。
 もうひとつは、「英語の習得」ですね。英語が話せたらどこへでも臆せずに行けるし、友だちももっと増える。 これからは英語がより多くの場所で共通言語として求められるようになるから、『帰国便利帳』を読んでいる保護者のかたのお子さんたちが活躍する可能性は「大」、だと思いますよ。

 

好きな道を選ぶことも「楽しみ」のひとつ

ちなみに、お子さんが海外へ行くときは、どんな心境でしたか?(LH1.6)

藤井  「行け!」って感じでした。もちろん、寂しかったですよ。子どもの親離れよりも、親の子離れのほうが大変なんだと実感したのはこのときでした。 オギャーと産まれて、片手で抱けるくらいの大きさのころからずっと近くで見守ってきた子どもが、家からいなくなるわけですから。 それでもすぐに、わりと自然に「行ってこい」という気持ちに切り替えられたのは、「いつかこういう日がくる」と前もって心の準備をしていたから。 親が子どもをひたすらそばに置き続けることよりも、手放して子どもが何かを得られることのほうが、よっぽど大事だと思っていたというのもあります。
 息子は今もアメリカの学校に通っていますが、何か困ったことや悩んでいることがあったら、すぐに連絡をくれますね。 そんな親子関係を築けてよかったと思うこともあります……が、困ったことや悩みのないときは音沙汰なし。 今はメールや電話など通信できるツールはたくさんあるのにいっさいなし、です(笑)。 まあ、「元気でやっているんだろうな」と思うようにしています。

 

将来の話を一緒にしたりはされますか?(LH1.5)

藤井   うちの子どもは、まだ「これから何をしよう」と悩んでいる段階だと思います。 だからそれに対して「序々に決まっていくんじゃない?」という言葉をかけたりはしますね。まだ何をするか決めていない子には、好きなことを選んでいく楽しみ。 親のあとを継ぐなどで将来がすでにはっきり決まっている子には、目的に向かって一直線に突っ走る楽しみ。それぞれに楽しみがあるよね。 前者であるうちの子どもたちには今、のびのびと好きなことをさせているつもりです。

 

「今」を生きることは奇跡。あらためて、伝えたい

三年ぶりの新曲『今、君に言っておこう』。ご家族への思いも込められたのでしょうか。

藤井   家族をはじめとする大切な人たち、みんなへの思いを込めました。 人はね、当然ながら未来を夢見て生きていて、大人になった自分、年老いた自分、はたまた明日の自分のことなんかもよく想像するでしょ。だけど、その未来が必ずくるとは限らないから。 「今」があるのは奇跡的なことだ、ということをあらためて思い直して詩を書きました。
 人間の長い歴史は、戦争があったり疫病が流行ったりしながらもようやく紡いできたもの。 その中で、大切だと感じる人(「君」)に出会えたこともまた奇跡です。 だから曲のタイトルは「君に言っておこう」じゃなくて「今、君に言っておこう」にしました。 うちなんか今は、子どもがふたりとも家にいないんで、家族四人が揃って食事をするっていうのもある種の奇跡。最近は、そういうときに幸せを感じますね。

 

曲の中に出てくる「大好き」や「ありがとう」という言葉。フミヤさんは、たとえばご家族にも、ご自分の気持ちを言葉に出してストレートに伝えますか?

藤井   伝えますね、もう年中。ちょっとしたときにも「ありがとう」と言うことはクセにしているし、子どもたちも同じです。 小さいうちから、何か感謝すべき場面では、「ありがとうって言いなさい」と何度も伝えてきたからね。 あ、でも妻に「アイラブユー」を伝えることはなかなかありません。 ほら、日本ではそう簡単に愛を口に出さないのが美徳とされてきたから(笑)。

 

日本の文化と美意識を伝えていきたい

アーティストとして、フミヤさんがこれから伝えていきたいことは何でしょうか?

藤井   日本文化ですね。日本人にとってはあまりにも身近にありすぎて、特に意識しないものになっているのかもしれないけれど、僕は日本の文化、日本の美意識が好きです。 世界がダイヤモンドに夢中だったときに、土をこねて作った器を大事にした国。 華道や茶道や武道など、ひとつの「道」を大事に貫く国。いいですよね、日本。 それで、今は昔と違って情報社会だから、どこにいてもいろんな国の情報を得られる。 海外への敷居はいい意味でさがってきているので、活動を通して伝える「チャンス、到来」かもしれない。 ただもしずっと海外で暮らすとなったら……福岡人としては、とんこつラーメンが食べられなくなるというのだけ困るけど(笑)。

 

最後に、フミヤさんを常に「かっこいい人」でい続けさせる原動力は何かをお教えください。

藤井   かっこいいか悪いかは自分ではわからないけれど……好奇心、だろうね。 世の中には研究材料がたくさんあるから、好奇心さえあれば、終わりがない。 好奇心さえ持ち続けていれば、死ぬときに「うーわ、まだ死にたくない」って思うに違いない、でしょ?

 
藤井 フミヤ(ふじい ふみや)

1962年7月11日、福岡県生まれ。1983年デビュー。 「TRUELOVE」や「Another Orion」などミリオンヒットを世に送り出し、 あらゆる世代から支持を得る。 2008年、デビュー25周年&ソロ15周年を迎え、ベストアルバム『15/25』やさまざまなアーティストとのコラボアルバム『F’s KITCHEN』、 2009年に『F’sシネマ』をリリース。奥田民生、河口恭吾、斉藤和義、HISASHI & TAKURO(GLAY)ほか、豪華21組のアーティストが参加。 今秋11月から2011年2月にかけて全国ツアー開催予定。

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